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スペシャライズド公式オンラインストアが2015年9月29日(火)午前10時にオープンいたします!

公式オンラインストアのURL: specialized-onlinestore.jp  

あわせて新しい公式ブログも同時にオープン。

新公式ブログURL:specialized-onlinestore.jp/contents/blog 

今後はこちらの新しいブログから、最新情報を定期的にお届けいたします。
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2015年8月12日水曜日

手探りの旅:ボリビア

自転車の魅力のひとつに、旅、あるいは距離にして、およそ自分の脚では到達できない目的地に向かうことが挙げられます。ロードバイクやクロスバイクといったツーリング性、機動性に優れたツールでなく、ファットバイクで起伏と不確定要素に富んだ国、ボリビアを走るのは、間違いなく「冒険」と言えるでしょう。


Yonder Journal(ヨンダー・ジャーナル)のクルーが挑戦したボリビアの旅。舞台となったのはアンデス山脈。控えめに言っても「過酷」だったルートを進行したこの旅では「運」がキーワードでした。

しかし、運ほど予知できないものは他にあるのでしょうか?この力、考え、あるいは空想の一つひとつが気まぐれに変化することで、時の権力者らは多大な影響を受け、帝国は崩壊してきました。

運を信じないというひとも少なくないけれど、それは熱心な合理主義者、数字だけを信じるひと、幸運はこじつけだと考えている確率の専門家といったひどく少数の人々。「それは俗説であり、信仰であり、信念である」と。しかし、どうもそれだけではないように思えるでしょう。

それでは、運とは何なのか? 

幸運と不運は単純な数学ではなく、運の捉え方は、例えばそれが力であると言うひともいれば、意思である言うひともいます。運の定義は様々ですし、それは経験から編み出されるものです。ただ、運は当てにするべきではないけれど、常に必要なものです。



ダニエル・パスリー、カイル・フォン・ヘッツェンドルフ、そしてジェームス・クロウの3人と筆者が旅のクルー。ダニエルと私はYonder Journal を運営しています。ダニエルは写真を撮り、冗談を飛ばし、事細かに考えを巡らせ、人が嫌がる仕事をし、何でも知ろうとするタイプ。ジェームスはカナダから南米最南端までのウエストアメリカと呼ばれる地域を1年にわたりモーターサイクルで往復する旅行から最近帰ってきたばかり。この真新しい経験に加え、ジェームスは自転車レースを好むウィスラー育ちの一流のクリエイターであり、強情な性格と「やってやろう」という精神の持ち主であります。 

先日の旅から、ジェームスのお気に入りスポットリストにボリビアがはいったようでした。彼は旅行中に出会った賢くて旅慣れた放浪カップルに電話をし、今回Yonder Journalがいく旅の目的地を「コルディレラ アポロバンバス」という見事な山脈と、その近くの多少有名らしいルートに決めました。

その場所では娯楽的な活動がほとんど行われていなかったため、情報は乏しく、計画は多くの推測を要したけれども... しかも、そこではかつて激しい反米感情が渦巻き、決して平穏な土地ではありませんでした。

そんなこともあり、インフラはまったくと言って良いほど整っていないはず。「きっと良くなっているはずさ」と、楽観視できる理由は私たちにはありませんでした。

2015年8月6日木曜日

手探りの旅:パイユート峠、シエラ・ネバダ

自転車での旅こそ、ライドの核心のひとつではないか?装備を最低限にとどめて、ロードバイクであれMTBであれ、必要なものだけ持って走る。小さい頃は近所を走り回るだけでも大冒険だったし、大人になればプランする楽しさが加わる。年を重ねるごとに世界は不条理になるけれども、バイクと旅は私たちを裏切らない。

こちらの記事は、Yonder Journal(ヨンダー・ジャーナル)とスペシャライズドが行った、アメリカの名峰シエラネバダ山脈での旅の記録です。


シエラネバダ山脈は、カリフォルニアの東側に沿って北から南に400マイルにわたって続きます。高く、荒削りで、手ごわく、信じ難い美しさを持つこの山脈は、三畳紀に地下で形成され、その後、過去数百万年におよぶ構造的過程によって地球のマントルから押し出された巨大な花崗岩の塊です。その花崗岩は崩れることはありません。永遠に続く自らの寿命への報復に、夕方の地平線を横切って明るい深紅色をばらまきながら、一日の終わりに、沈む太陽をかき切るのでしょう。




この地方の有名な美しさ、そしてカリフォルニアに生きるひとの貪欲なアウトドア精神にもかかわらず、この山脈の大半は、未踏のままで、訪れる人もめったにいません。そのハイシエラは登るのが困難です。そこにある道路のほぼすべてが行き止まりで、山脈を横断する道路はわずかしかありません。冬の間、シエラの東を目指す人々は、その周囲を南のモハーベへ迂回するか、北のタホ湖を超えなければなりません。夏には、ソノーラ峠、ティオガ峠、ウォーカー峠を越えるか、あるいは時代遅れのホイールでは敷石と泥にはまりこむシャーマン峠を越えることができるので、わずかに時間を短縮されます。しかし、このすべてが冬には閉ざされます。かつては、他の、もっと素晴らしいルートがありました。フレズノとビショップの沿岸、そしてネバダ、中西部とその先をつなぐ山脈を横切る道です。この「夢」はルート168と呼ばれました。